管捲き場の壁には、直径10cm ほどの穴が開いていた。それはその奥にあった整経場から鉄の棒が突き出して管捲き場の内側まで貫通していた跡である。 鉄の棒を切断して外し、整経場を分解した後には外の光が入るようになり、その時「穴」であることが強く認識された。穴自体は壁土で埋めて塞げるが、懸念されたのはその穴周辺の壁に染み込んだ機械油である。表面の漆喰壁には焦げ茶色の染みができ、さらに壁をつたって梁まで染みていた。染み込んだ油が木目から表面に滲み出すほどだった。(それは甘やかで魅力的でもあった)穴が開いており、表面の漆喰が内側の土壁からやや浮いた部分があることなどから、漆喰を剥がし、新たに漆喰を塗ることにする。漆喰は、土壁との隙間にスクレイパーなどを挿し入れて剥がしていく。浮いている所は難なくまとまって剥がれる。漆喰の表面は油だけでなく、長年の埃その他によって黒ずんでいた。厚さ2mm程に塗られていた漆喰を剥がした後、周囲をよく拭き、梁も可能な限り油を拭き取る。その後、漆喰を塗る。
漆喰を新しく塗った壁は白く、光をしっとりと反射する。数日後、塗った漆喰の白い表面に薄く色が浮き上がった。くっきりとはしていない茶色の線で、周りが淡い黄色ににじむ。土壁に染みていた油が、漆喰に滲みだしたのだ。漆喰はちゃんと土壁にくいついており、視覚的な着色の程度もおとなしいためそのままとする。数年が経ち、上から漆喰を塗る。しばらく経つとどうしても染み出してくる油。その強さと、壁土が吸い続けた時間を思う。漆喰が過去を吸い出し、表に現す。塗りこめる。また染み出す。少しずつ時間をかけてそれは人の目に記憶を呼び起こし、昇華 され、見えなくなるだろう。