織機を分解して出来た鉄と鋳物の山を表に出した後、工場はがらんどうになった。その景色は工場主家族にも初めてのものだった。工場は機械が稼働しているなかで増築されていったからだ。工場の床は手前から奥に向けてコンクリートと木の床が1m ほどの幅で交互に続く。織機は木の床を跨ぐように据えられ、その左右の脚がコンクリートの基礎にアンカーボルトで固定されていた。一面ひらけて見えるようになった床にはまだ、様々なものが降り積もっている。埃は乾いているもの。土埃は機械油を吸って湿り気がある。そしてさらに機械油と鉄粉と埃が混ざって固まった状態。それは木の床の板に食い込むように、コンクリートの表面でもしっかり染み込みながら固まっている。とはいえそれは必ずしも硬くなく、表面は乾いてぽろりと取れたとしてもその内側は押すとやや凹むような、柔らかい固体となっている。床の油の跡は、置かれていた織機の下あたりが膨らみ織機と織機の間はすぼんだ模様を描いている。
床の上の埃を掃き、布で拭き、さらに磨いていく。
鋸屋根の北側にある6間連なった天窓からの光が床に届き、反射する。それは1本の筋となる。
そこは向かい合う織機と織機の間で織子さんが座る場所、あるいは通り抜ける隙間であり、操業中、その部分の床は人が通るためきれいで光沢があった、と工場主は後日語った。先を映そうと浮かばせた道は、結果、期せずしてかつての状態を想起させることにもなっていた。
布でひたすら床を拭き、撫でさするように。染み込んだ油を摩擦で少し融かし、油を取りつつもそれを周囲の床板に行き渡らせ、それによって磨いていくような行為。油の跡、コンクリに付いた誰かの足跡、掘られた文字、様々な痕跡が立ち現れる。
それらをも包み込むように。
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